樹脂

 古くから絵画には様々な天然樹脂が用いられ、単に「樹脂」と言えば、もともとは「天然樹脂」の事を示していた。有機化学が発達した現代では、天然樹脂の特性を再現した様々な「合成樹脂」も石油原料から造られる。合成樹脂を絵画に使用する場合も、天然樹脂の特長に基づく、技法上の要求に適したものが選ばれる。

 ここでは天然樹脂を「Gum」、合成樹脂を「Resin」と表記する。

 

 樹脂分は油彩画面に光沢と透明感を与え、色彩の深みをもたらす。また、調合油に適量の樹脂分を含む事で、下層への定着性を改善したり、塗膜の堅牢性の向上が期待できる。乾性油を含む調合油の場合は樹脂濃度3〜10%、ワニスの場合は30%前後の樹脂濃度で用いられる事が多い。

 天然樹脂の多くは熱軟化性であり、ダンマル、マスチック、コーパル樹脂などは乾性油に直接加熱して溶解する事ができるが、アクリル樹脂などの合成樹脂は熱硬化性のため、溶剤で合成樹脂を溶解した状態(ワニス)にしてから調合する必要がある。

ダンマル樹脂(Gum Dammar)

 東南アジアに育成する樹木、フタバガキ科ショレア(Shorea)から分泌する天然樹脂の総称。スマトラ産のものが上質とされる。

無色または淡黄色の塊状で、乾性油には100130 ℃ で溶解する。加熱した乾性油に溶解するか、またはペトロールやターペンタインなどの溶剤を用いてワニスとして使用する。ワニスを作る場合、樹脂濃度3033%程度のものが使いやすい。塗布してしばらくはほぼ黄変しないが、2030年後にかけて黄変が目立ってくる。

 絵画では19世紀に入ってから広く使用されるようになり、それ以前はマスチックやコーパルが使われていたと考えられる。 

マスチック樹脂(Gum Mastic)

 画用には、ギリシャのキオス島に育成するウルシ科の低木マスチックから分泌する天然樹脂が用いられる。檜に似た芳香がある。

 この樹脂を使用して作ったワニスは細い線を引いても太らない(滲みにくい)ため、細密描写に向いており、また、ダンマルワニスよりも光沢が上品であるとして、好んで使用するユーザーが存在する。また、ブラックオイルと混合してゲル状のメディウム(メギルプ)を作ることができるメリットがある。

 その反面、長期保存の観点からするとダンマル樹脂よりも黄変し、硬く脆くなる傾向がある。メギルプが盛んに用いられた1819世紀の西洋絵画の現存数が少ないのは、高濃度のマスチック樹脂を含むメギルプが多用され、その劣化による被害が要因であるとの指摘もあるが、長期の耐久性についてはよく知られていない部分が多い。私見では、調合油やメギルプとして樹脂分を10〜15%含む程度なら問題は生じにくいと考えている。

 アルコール、ターペンタインには溶解するが、ぺトロールなどの石油系溶剤にはほとんど溶けない。

コーパル樹脂(Gum Copal)

 琥珀(Amber)になる手前の半化石樹脂。絵画ではマニラコーパル、マダガスカルコーパルの2種類がよく知られるが、入手しやすく比較的柔らかい性質のマニラコーパルの方がよく用いられ、ダンマルやマスチックよりも堅牢性に優れたワニス、または調合油を作る事ができる。

光沢はダンマルやマスチックよりも強い。

 

 未処理のコーパル樹脂は各種溶剤に溶けにくく、透明なワニスを作るには溶剤極性を熟知した上でのノウハウが必要だが、樹脂の溶け残りがなければ、多少濁っていても性能面にはほとんど影響しない。

 樹脂を加熱処理して低分子化した「ランニングコーパル」は、黒っぽい褐色をしているが、ペトロール、ターペンタインに溶けやすく、乾性油にも加熱溶解しやすい。溶剤をブレンドして未処理のコーパル樹脂からワニスを作る事ができる場合はそのまま使用し、困難な場合はランニングコーパルを用いるのが良いだろう。

琥珀、アンバー(Amber)

 化石樹脂。バルト海の琥珀は有名。コーパルが琥珀(Amber)になるまでは長い年月が必要だが、両者の線引きは曖昧でしばしば混同される。どのような環境下で産出するかも重要であり、火山地帯のような高温・高圧下にある地質から琥珀が見つかる事が多い。

 コーパルよりも溶解難易度は高く、数種類の複合溶剤でバランスを取るとなんとか溶解し始めるが、あまり実用的ではない。通常は250℃前後でランニング処理を行って「ランニングアンバー」を作り、ターペンタインに溶解できるようにしてから用いられる。古くは木工用やヴァイオリン用のワニスとして用いられているが、絵画用途としてはマイナーな存在。

 

 紫外線を照射すると発光する性質があるので見分ける手段としている情報があったが(琥珀が火山地帯で産出しやすい事から)、マスチックやコーパルも紫外線発光したので当てにならない。

アラビアガム(Gum Arabic)

 アフリカ、ナイル地方原産のマメ科ネムノキ亜科アカシア属アラビアゴムノキ(アカシアセネガル Acacia senegal)から採集される水溶性の天然樹脂。主成分は多糖類から成り、水彩絵具に使用される他、食品添加物や、乳化剤などの用途としても広く用いられる。

 水彩絵具のバインダーとしては、樹脂濃度2030%前後で使用されることが多い。温水に溶解しやすいが、冷水にも時間をかけて溶解する。耐溶剤性があり、安定したエマルションとして調製しない限りは油性溶剤に溶けない。

アルキド樹脂(Alkyd Resin)

 Alkydの名称は、Alcohol(アルコール) + Acid(酸)に由来する。絵画用に使用されるものは、大豆油などの油脂を反応に加えて変性させ、長油型アルキド樹脂としたもの。加える油脂の量が多い順に、長油型、中油型、短油型があり、工業的には塗装用途に応じて使い分けられる。

 絵画用途として適する長油型アルキド樹脂は、油絵具や他のメディウムなどとの相溶性が良く、乾性油と同様の使い方ができる。また、無溶剤型のアルキド樹脂の性質はスタンドオイルに似ており、黄変しにくく、堅牢な塗膜を形成する。

アクリル樹脂(Acrylic Resin)

 アクリル酸エステルあるいはメタクリル酸エステルの重合体で、ガラスに近い透明度を持つ、非晶質の合成樹脂である。特にポリメタクリル酸メチル樹脂(Polymethylmethacrylate)を示すことが多い。

 多くはアセトンなどの溶媒に可溶であるが、脂肪族系の石油系溶剤にはほとんど溶けない。画用に利用する場合は、LAWSまたはHAWS級のぺトロールに溶解するアクリル樹脂が用いられる。

 

 ダンマルワニスと性質が似ているため同様の使い方ができ、黄変が少ない。また、比較的低い樹脂濃度でも強い光沢を付与する。絵画修復分野においても使用される。